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だらだら増加してゆく写真館

キハ181系の記録  Vol.1

初めて1人で大阪駅に行った日。まだ改修工事もなされていないそのホームにはまかぜ1号が滑り込む。
キハ181を見るのは人生2度目。写真を残すのは初めてだった。
後ろの阪急百貨店も懐かしいが、キハ181は今日も変わらぬ姿である。

2003/01/26 大阪駅

続いて10番線にはまかぜ2号が到着。冬季輸送で6両編成だった。
当時の大阪駅はまだ国鉄型特急が多く、10番、11番線は多彩な賑わいを見せていた。

2003/01/26 大阪駅

3月に入り、2002年度末期のかにカニはまかぜ。


4両編成のオーソドックスな編成の臨時列車であった。

2003/03/01 大阪駅

なんでこんな場所で撮ってるんだ。
そう突っ込みたくなるのは加古川仮駅でのはまかぜ2号。左に写っているのが乗ってきた新快速。
はまかぜ1号、2号は9時〜10時にかけて阪神方面を走るので、非常に撮りやすい列車である。

2003/03/19 加古川駅

不思議な写真である。6月の日曜日に撮ったはまかぜ3号だが、なぜか7両編成だ。
団体でも乗っていたのだろうか?

2003/06/08 大阪駅

8月の盆前、運転日の少ないムーンライト八重垣で山陰へ向かった。
お目当ては当然、「とっとりライナー」と「いなば」。
キハ181国鉄色3両で智頭急行を爆走する「いなば」は陰陽連絡第2の要であった。
のちにこれらの車両たちは大転配劇に巻き込まれる。

2003/08/12 鳥取駅

9月の新大阪駅。100系G編成引退で盛り上がってる中を通過する回1D。
当時からキハ181の危機性は認知されながら、ごく一般的な風景であった。

2003/09/13 新大阪駅

よくもまぁ、こんな写真残ってたもんだ。
傾いているが、これでも十分である。「さよならボンネット雷鳥」との並びだ。
今思えば、ものすごく豪華な並びであるが、罵声もなかったこの時代である。結構普通に撮れてるのが驚きだ。

2003/09/20 大阪駅

はまかぜ3号であるが、これもまた増結がなされている。意外にノーマル4連の写真が少ない。

2003/10/11 大阪駅

ついに転属、離脱が始まった。
鳥取で「いなば」に運用されていたキハ181が大挙して京都へとやってきたのだった。
「はまかぜ」にも運用され、プチリバイバルが日常化していった。

2003/11/09 大阪駅

素晴らしい1枚である。まさに、国鉄時代を彷彿とさせてくれる。
大阪側のクハ481はこれまた金沢からの転属車という珍しいものだった。

2003/11/09 大阪駅

とんでもなく早朝に出発したリバイバル「まつかぜ」。
今となっては考えがたいが、当時のリバイバルは長距離も珍しくなく、朝7時ごろも平然と行われていた。
「まつかぜ」は確か6時45分ごろに大阪を発っていたと思う。
鳥取から京都へ来たキハ181国鉄色がこの日のために6両に組んでいた。

2003/12/06 大阪駅

リバイバル「まつかぜ」が発車した1時間後、「かにカニはまかぜ」が入線。
考えてみればこの日、キハ181は大阪駅を5本も下って行ったことになる。

2003/12/06 大阪駅

雨の中、香住駅へ入線する「はまかぜ」。
このころ、すでに餘部鉄橋の架け替えが検討されており、しばしば通っていたものだ。

2003/12/31 香住駅

えーっと・・・豊岡まで普通で移動してたら追いつかれたというオチ。
国鉄時代を色濃く残す駅に堂々と7両のディーゼル特急が入線する。

2003/12/31 豊岡駅

実は線路に降りてます。そして、左側で猫が昼寝中。
キハ58がカニ応援でこのエリアを走っていると聞いて、撮りに来たもの。
天気はすこぶる快晴。このとき、乗務員が近くに来たが、ことさら文句を言われなかった。

2004/03/13 香住駅

超豪勢である。今、この並びが展開されるのなら、この駅のホームは表現しがたい状態だろう。
JR時代に入っても生きる国鉄型ディーゼルカーの姿である。

2004/03/13 香住駅

何気にMINOLTA製のCCDの優秀さが見れるフルオートの写真。
餘部鉄橋を渡るキハ181の姿は今昔問わず風物詩である。

2004/03/13 鎧〜餘部

2010年夏現在、もはやあと数えれるだけ実現するキハ58とのコラボレーション。
当時は臨時的にしか見れないものではあったが、珍しいものではなかった。

2004/03/13 浜坂駅

To be continued.....

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