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だらだら増加してゆく写真館

奇特な「食パン電車」 

全国的にその名が知られる車両。「419系」。
583系から改造された交直流近郊型電車。質としては宇野線向けに改造されたクモハ123が非常に近い。
モーターは歯数比を5.6に変更しただけ。パンタグラフは1基撤去、ドアは追加したものの、元あったのと共用するために狭い特急型用。ボックスシートや窓もそのまんまで、とりあえず追加した感じのロングシート。極めつけは高い天井にぶら下がったまんまの寝台設備。
北陸の名物列車だった。

2003/03/08 敦賀駅

所属は敦賀。比較的乗客の少ない区間である敦賀〜長浜(近江塩津)の交直流セクション区間を毎日行ったり来たり。
当時はまだセクションが長浜の北と永原の北の存在したため、交直流車両としての性能をフルに発揮していた。

2003/05/31 長浜駅

 

正直、敦賀越えの普通列車は8割がこいつ。急行型457系に当たるのは滅多になかった。
初めて青春18きっぷを使ったこの日もやってきたのは食パン野郎。ワイパーがあらぬ向きに。

2003/08/11 敦賀駅

わずかに残る沿線写真。
当時、敦賀直流化事業が進められており、使いにくい存在だった419系もついにこれまでと思われていた。

2005/08/26 今庄〜南今庄

 

本当に、敦賀周辺ではこいつしか来なかったとわかる。

2005/02

2005/08/26 今庄〜南今庄

直流化前日も何食わぬ顔で走る。
この後、しばらくしてダイヤ改正が行われ、419系をはじめとする旧型車は滋賀県内から一掃された。

2006/09/23 余呉駅

この日は直流化記念で457系のリバイバル列車が金沢〜米原で運転されていた。
だが、419系に向けられるファインダーの数は決して多いわけではなかった。

2006/09/23 木之本〜余呉

 

のっぺりした外観。この編成は方向幕部分が埋められてしまっている。

2009/03/04 富山駅

糸魚川にて。滋賀県を追い出された彼らは、再び乗客の少ない新潟県へその運用拠点を移していた。

2009/03/14 糸魚川駅

419系との最高の思い出。2009年10月9日。
敦賀〜直江津を同じ編成で乗り通したのだ。

2009/10/09 敦賀駅

福井駅で肩を並べる419系。
敦賀直流電化や521系追加投入でその数多くが姿を消すと思われていたが、実際はほとんど残っていた。

2009/10/09 福井駅 

富山でキハ85と並ぶ。見ての通り、その巨大なサイズがよくわかる。

2009/10/09 富山駅

遂に到着した直江津駅。北陸本線のそのほとんどの区間を419系とともに過ごした。
他の型式と一切当たらなかったのはおもしろくなかったが、非常に良い思い出である。

2009/10/09 直江津駅

廃止を目の前にした489系「能登」と一緒に。
撮影に走りまわる人々を横目にひっそりと止まっている。もちろん、この時もほとんど見向きすらされてなかった。

2010/02/28 金沢駅

倶利伽羅峠を越える419系

2010/03/01 石動〜倶利伽羅

早朝の糸魚川に到着する419系。朝、ラッシュと逆方向に向かう運用は、117系と同じ境遇にある。

2010/03/22 糸魚川駅

日本海をバックに駆け抜ける。2010年春のダイヤ改正でも、彼らは生き残っていた。

2010/03/22 越中宮崎〜市振

遂に2011年春のダイヤ改正で金沢運転所の521系が本格的に運用開始することになり、419系の引退が決まった。
しかし、それでも彼らは注目されなかった。北陸地区ではキハ58と雷鳥が話題をさらったのだ。

2010/03/01 富山駅

この日のキハ58の運転が終わり、ひっそりとした富山駅。419系はやってきた。
あれだけできていたキハ58への砲列が彼らの前にできることはなかった。

2010/03/01 富山駅

最後に乗った419系は貴重な暖地向けクハがくっついてる編成だった。これは、8年前の5月に出会ったものだ。
昼間、長距離運用も少なく、富山〜金沢のわずかな区間でしか乗れなかったが、乗れたこと自体が幸運である。
今でも敦賀に行けばひょっこりやってきそうだが、この奇特で希少な車両にはもう会えないだろう。

2011/03/02 富山駅

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